京都の引力36 進化する松花堂弁当 ~京都吉兆 松花堂店の松花堂弁当~
土居好江
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2026年2月4日撮影 京都吉兆 松花堂店
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京都吉兆 松花堂店 土居竜也料理長
松花堂弁当についての説明をして頂きました
世界中で和食ブーム、更に弁当ブームで、弁当が世界中で評判になっています。先日、昭和の時代、携行食の弁当が、茶懐石の趣向を凝らしたおもてなし料理へと進化した松花堂弁当を頂きました。約10年ぶりにお伺いしましたら、更に進化した松花堂弁当になっていました。
松花堂弁当の蓋を開けると湯気が立ち上り、すのこの上には黒毛和牛が二切れ、美味しい香りと共に食欲をそそります。すのこの下には、酸化鉄をお湯に浸して、湯気が立ち昇るドッキリする工夫が施されていました。(写真の右上)松花堂弁当は十字に仕切られた入れ物に入っていて、日本の弁当文化の象徴となっています。
昭和8年、湯木貞一(吉兆創業者)が松花堂昭乗の旧跡での茶会で、片隅に置いてあった四角い器を見つけました。高さが3,5cmで田の字型に仕切られ、茶色で3ヶ所に墨絵が描かれて四方に金具が付いていました。もともと種子や薬入れ小物入れに使われていたものです。
江戸時代の初期・寛永年間、書家、画家であった僧侶の松花昭乗は、農家が使っていた種などを入れるために仕切った箱を絵具箱にしたり、薬入れにしていました。時は移り、昭和の時代、吉兆の創業者の湯木貞一はこれを料理の器としたらどうかと考え、その一つを譲り受けて持ち帰り、工夫を重ねて弁当箱にしました。寸法を縮め高さを高くして、やや深めにつくり、蓋を取り付け、田の字の4ヶ所にはバランス良く料理を盛り付け、茶会の点心に用いて、大変に好評でした。
毎日新聞が「吉兆前菜」として取り上げ、松花堂弁当の名前が話題となり広がりました。第二次大戦の終戦後、この松花堂弁当が広まり、今では一般的となっています。
湯木貞一氏はこの松花堂弁当が誰でも作れるようにと、商標を取得しなかったそうです。幕の内弁当と松花堂弁当の違いは、幕の内とは次の芝居の開幕までの休憩時間幕間(まくあい)のことで、この間に食する食事が起源です。江戸中期に幕の内弁当という名前が定着しました。このお弁当の基本は俵型のおにぎりとおかずです。
おにぎりには胡麻が振られ、おかずは汁気のない揚げ物、漬物、煮物、焼き魚、玉子焼き、練り物が定番となっています。
それに対して松花堂弁当はお吸い物をつければ一つの料理となります。吉兆の松花堂弁当の盛り付けは向付けが右奥、左奥が御采、左手前に煮物、右手前にご飯となっています。懐石料理の定石通りの配置となっているのです。(次回へつづく)
以上



