京都の引力37
湯気の立つお弁当と温かい日本食が、ミラノオリンピックで選手を救った

ミラノオリンピックのお弁当

JRO 日本食レストラン海外普及推進機構のHP参照
土居好江
前号で吉兆の加熱式の松花堂弁当をご紹介しましたが、昭和の終わり頃、紐を引き抜いて蒸気で温める「加熱式駅弁」が、神戸の淡路屋から発売され話題になりました。。私も駅弁で加熱式のお弁当を頂いたことが何回かあります。
その加熱式弁当が実はミラノオリンピックで大活躍だったそうです。昭和62(1987)年、最初の加熱式駅弁「あっちっちスチーム弁当」が発売されました。昭和50年には携帯カイロを下に引いてすき焼き弁当などを販売していましたが、衛生面を考慮して、紐を引いて加熱する弁当になったのです。
ミラノオリンピックでは氷点下15度の極寒の中、選手の食事は冷めてしまい、体調不良者が続出しとそうです。日本は3ケ所の給食施設をつくり、お雑煮と温かい食事の提供で体調を維持し、多くの選手がジャパンハウスに詰めかけました。
IO℃の五輪レストランよりもジャパンハウスに何故選手が殺到したのか。外務省の公式な数字は出ていませんが、日本スポーツ振興センター(JSC)が、2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪の日本選手団を支援するために設置した施設の整備・運営費用は約7億2,000万円と報道されています。この中から食事の支出がされていますが、詳細はよくわかりませんが6トンの食材、調理器具をミラノに持ち込んだそうです。
ノロウイルス感染でアイスホッケーの試合が延期になったりして、今回のミラノオリンピックの食事事情は惨憺たるものがあったようで、日本食が大人気だったようです。
特にお雑煮の汁物が身体を温め、免疫力をあげるようで、好評だったとお聞きしています。ジャパンハウスに行列ができるほど、大好評だったと。マイナス15度の寒さの中、カイロも大好評だったようです。
日本では、暖房という言葉は明治30年からできて、部屋を暖めるという発想がもともとはありませんでした。炬燵や湯たんぽで身体を温めました。同じ発想で、食事も汁物で身体を温め胃腸を快調にするという発想があったのです。最近、よく言われることに、昭和50年代の食事が日本人にとって、一番健康的であるそうです。焼き魚にお漬物、みそ汁、根菜類、海藻類等、もう一度見直してみたい日本食です。
以上