疫病の歴史とマスクの効用

うがい推奨のポスター(大正時代)
内務省衛生局編『流行性感冒 「スペイン風邪」大流行の記録』平凡社

平安時代の歴史書『日本三代実録』(862年)に、「一月自去冬末、多患、咳逆、死者甚衆」と記されています。京都だけではなくほぼ全国にわたって多くの人が『咳逆』を患い、多数の死者が出ました。日本で最初のインフルエンザと考えられます。「京邑咳逆發。死亡者衆。人間言。渤海客来。異土毒気之令然り為」とあり、現在の中国の東北地方・渤海の人々が日本に持ち込んだものと当時から噂されて、症状は京都から感染していったようです。ちょうど、貞観地震の3年後のことと伝えられています。
世界を見ると、紀元前412年、インフルエンザの記録が医学の父と呼ばれるヒポクラテスの記録が人類の初めてのものです。弥生時代後期の3世紀に、渡来人によって結核菌が持ち込まれたようです。しかし、疫病が分析できるようになったのは100年程前の大正時代になります。それ以前は、おそらくインフルエンザや結核であったと思われる症状から流行があったと推測しているようです。
その感染症に罹った時に使うマスクの歴史は、日本では明治時代にはじまると言われていますが、実は平安時代の比礼(ひれ・肩かけ)にそのルーツがあります。『日本書紀』や『古事記』にも記されている比礼というスカーフ(細長い布)は紀元前の時代から穢れを取るものであると考え、蛇やムカデを見つけると、比礼を振って退散させたと言います。
平安時代の「一遍上人絵伝 門前の乞食」の絵図を見ると清水寺の坂の道に覆面をした乞食が座っている姿はまさしく口を白い布で覆い頭にも巻いています。

『京都庶民生活史』CDI編
平安時代、当時、比礼はこれを振って風を起こして害虫や毒蛇等を追い払う呪力を持っているものと信じられていました。天女の羽衣という絵をご覧になったことがあるでしょうか。首から肩にかけて細長い布を左右にかけている布です。一枚の布ですが、この布に穢れを取る力があると信じてきたのです。
西洋のマフラー、スカーフが防寒用として使われ、包帯の役割もフランス革命の時は果たしたのですが、日本のルーツは穢れを払うものだったのです。
もともとマスクは15世紀ごろにヨーロッパで女性が顔の下半分を覆った白い布をマフラーと呼んでいました。マフラーはフランス革命では黒い布を頬から首に巻き付けて包帯の役割も果たしたと言われています。
日本で防寒用に使った室町時代の一休和尚は「襟巻」と詠んだ歌があり、防寒用として使われたようですが、日本では頭巾や手ぬぐいが首まわりの防寒として普及していました。中国の東北地方ではマスクは防寒用に使われています。冬季のファッションアイテムとしてカラフルなマスクが店頭に並んでいます。
江戸時代、岩見銀山での鉱山病対策の覆面が現在のマスクのルーツを言えます。
日本のマスクは当初は「工場マスク」と言われ、明治時代初期に作られます。文字通り工場の作業の中で粉塵除けとして作られました。真ちゅうの金網を芯にして布地をフィルターとして取り付けたものでしたが、吐息で錆びてしまうというころもあり、一般的には普及しませんでした。明治時代には伝染病患者の治療現場でマスクが着用されています。
大正8年(1919)スペイン風邪が流行った時に風邪予防に役立つと大流行して、ブームになり、供給が追い付かずメーカーが乱立しましたが、関東大震災では需要も秩序だって普及しました。
インフルエンザが流行る度にマスクは普及して、昭和9年(1934)にインフルエンザの大流行でマスクの出荷量も増え、ガーゼを重ね工夫して使われるようになり、現在のカタチ・平形マスクになったのは昭和23年(1948)です。以後2000年代に入るとガーゼが不織布になり、不織布プリーツ型が登場し花粉症やSARS(サーズ)、新型インフルエンザ、新型コロナウイルス等の需要で、世界中でマスクの需要が高まりました。
欧米ではマスクを使う習慣がなかったのですが、上記のグラフでも分かるように、マスクの効用が証明されています。2020年4月3日、トランプ大統領はマスク推奨を発表し、CDC(アメリカ疾病対策センター)は公共の場でマスクや布製のもので顔を覆うことを推奨する新ガイドラインを発表しました。ニューヨークでもパリでもマスクを着けて外出することが常態になりました。
今から百年前に流行ったスペイン風邪が流行った際にはサンフランシスコで「マスク令」が施行され外出時には全市民にマスク着用を義務付けたこともありました。サンフランシスコに見習い、欧州でもこのマスク着用の義務化が採り入れられました。
2020年4月10日からアメリカ・ロスアンゼルス市のガルセッティ市長は、非医療系の店舗でも、食料品店、薬局、ホテル、タクシードライバー等の従業員に対してマスクの着用を義務付け、更に4月10日から食料品店で買い物する客は、マスクなしでは入店できないことを発表しました。
また、ニューヨークのクオモ知事は公共の場でのマスク着用を義務付けることを4月14日に発表しました。日本でも神奈川県大和市で新型コロナウイルスの感染拡大防止に向けて、4月16日に日本初のマスク着用条例「おもいやりマスク着用条例」を制定して他者にうつさないとことに有効と強調しています。
4月14日、駐日米国合衆国大使館アメリカ駐日大使館からは在日アメリカ人に、各自治体の指示に沿ってマスクを着用して外出するようにと呼びかけました。
また、台湾がいち早くコロナ感染症を抑え込んだことが報道されていますが、それは百年前の日本統治時代に遡るマスク着用等の衛生習慣を一変させた歴史に辿り着きます。伝染病の多かった台湾、マラリア、百日咳等1895年、台湾領有の折、後藤新平衛生局長だった台湾の衛生習慣について力を入れて指導し大きな功績を果たしています。1918年のスペイン風邪流行の時、台湾でマスク着用を推奨したと言います。全世界で流行したこのスペイン風邪は1918年~1920年まで流行り、マスク着用に励んだと言います。
また、台湾は保険証をICカード化しているので、全市民に行き渡っています。今案では一割のマスク生産で中国からの輸入でしたが、現在は早急に台湾で生産しています。
マスクの効用については明確なエビデンスがありませんでしたが、熱流体解析ソフトを使いくしゃみの飛沫状態を目視化しました。口元を全くカバーしない場合と肘で口元をカバーした場合の解析結果で、口元を全くカバーしない場合は、唾液の飛沫(微粒子)は、くしゃみした方向2メートル離れた所に到達したそうです。これに対し、肘で口元をカバーした場合は、くしゃみの空気流は肘で上下に分かれ、微粒子の到達距離は約1メートルでした。マスク着用することで、微粒子は前に飛ばないことが判明しました。ただし、半導体業界で微粒子の除去に携わる専門家によると、エアー流れが無い所では、100ナノメータサイズの微粒子は空気中に浮遊し、密閉されたエアー流れのない建屋、乗り物は直接的な飛沫感染に次ぐ危険性がある。しかし、エアー流れがあると微粒子は壁、床・・等の障害物に付着し、手で触るような物理的な力を加えない限りは脱離することはありません。3月15日の京すずめのBlogに微粒子の物理的性質を掲載しています。そちらも閲覧いただければ納得した対策が出来るのではないでしょうか。
3月17日から外出禁止令が5月11日で緩和されたフランスでは、公共の場でマスクの着用を義務付けて、自宅から100キロ以内であれば自由に移動できるようになりました。当初、フランス政府のマスクは感染防止に意味がないという方針でしたが、方針を転換したことになります。公共交通機関利用時にマスクを着用しないと135ユーロ(約1万6000円)の罰金になります。マスクに対して抵抗感のない日本人の感覚と欧米人の感覚の差が明確になりました。
また、5月17日香港大学がハムスターを使った実験でマスクの着用がこの新型コロナウイルスの感染防止に効果があることを発表しました。人口750万人の香港でこの流行の早い時期からマスクの着用を呼び掛けて、感染者は1000人余りで死者は4人に抑え込んだことからもうなずけます。
以上

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