世界最先端のマーケティングは江戸時代の京都にあった!Ⅱ ~享保の改革の時期、吉宗と同じ時代に商人道を説いた~                                               

土居好江


江戸時代の梅岩先生お軸
先義後利(半兵衛麩本店所蔵)
石田梅岩先生  梅岩先生生家

 江戸時代の元禄、享保時代に活躍し、吉宗の享保の改革の同時期に活躍した石田梅岩先生の原点は10歳の時にあります。山から栗を拾って父親に得意になって見せたところ、どこから拾ってきたのかと聞かれ、あそこの山のどこそこですと答えたそうです。父親はよその栗の木が、うちの土地に伸びて、落ちた栗なので、返しに行くようにと諭しました。昼食の最中に栗を返しに行かされたのです。子ども向けにマンガにもなっています。

 その時は悔しくて泣く泣く返しに行ったけれども、父親が勇気を出して叱ってくれたことを本当に有難いと、後年になって述懐しています。ここに石門心学のルーツがあります。

「人は如何にあるべきか」と追及していったのです。梅岩先生が23歳の時、小栗了雲と出会い、商いと道徳の融合を学び、45歳で石門心学を説き、女性も無料で聴講できると誰でも出入り自由の教育を始めました。これが、日本の生涯学習のルーツとなりました。ここでは心の教育を説き、人の人たる道を説き、自分さえよければ良いという風潮に対して「正直、倹約、勤勉」に励み、「先も立ち、我も立つ」哲学「先義後利」で商いするように唱えました。

 現在も京都の老舗では、石田梅岩の哲学を社是として守っている企業があります。私は梅岩先生のご子孫で現当主の石田二郎(いしだにろう)氏から、様々な書籍などを頂戴して、学ばせて頂きました。亀岡の石田家にも何回もお伺いしてお話を賜りました。今でも石田家には梅岩先生ご存命中に咲いた孝行蓮があり、山間の畑に中に家があります。お墓もそこにあるのです。

 ちょうど2030年が石門心学開講300周年となります。後6年、更に深化した老舗企業の志が花を開き実がなること拝見できると存じます。

以上

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