にじり口と潜水艦~京都の悲劇~

 土居好江


にじり口

京都駅ビル 2024年8月16日撮影

   船着き場の船の中に入る時に、にじり口という狭い入口を通りますが、お茶室のにじり口は、利休がこのなにげない風景から着想を得ました。にじり口から茶室に入るときは、武士も刀を置いて茶室に入らなければなりません。身分制度があった時代、これほどの発想は茶道という世界が普遍的に「一碗からハートフルネス」と言われるお茶の精神に通じるものです。

 日本文化が普遍的と言われる所以は、人間力に裏付けされているからでしょうか。ありふれた日常の風景を芸術まで高めることができる感性が素晴らしいです。特に京都人は365日、山に囲まれて毎日山を見ています。

 『古都』でノーベル文学賞を受賞した川端康成先生は、朝日新聞連載中の文化勲章受章の記者会見で「京都を何故舞台にしたのか」で次のように記しています。

 「古い都の中でも次第になくなってゆくもの、それを書いておきたいのです。京都はよく来ますが、名所旧蹟を外からなでていくだけ。内部の生活は何も知らなかったようなものです」と。

 スウェーデンアカデミーのノーベル賞受賞の評価 (2017年1月公開)では「『古都』(英語訳Kyoto)が日本人の生活様式を見事に表現し、倫理観や美的意識、人々を鮮やかに描き西洋的な影響を受けていない」。(50年間非公開で2017年1月に初めて公開された)ことで評価されたことがわかっています。日本人の生活様式を理解し、それをまちづくりに活かすことが大切です。

 私は海外から最新の研究成果や情報を毎日頂いていますが、世界各国のまちを御覧になってきたスタンフォード大学の西鋭夫先生のブログに「京都の悲劇」と題して京都駅ビルのことが書かれていました。新しい京都駅ビルを御覧になって、「ここは海軍基地か」と大きなショックを受けたというのです。京都駅の色合いが、英語のバトル・グレー(Battle gray)であるからです。潜水艦の色あいです。
 戦争用の目に付かないような灰色の配色です。海軍の船は見えないように、
保護色として全部灰色に塗ってあるそうです。その軍艦がさかさまになったような駅だと感じられたそうです。最初にご覧になった時、「これは正気か、誰がこんな…」と思われたそうです。

 当時、駅ビルのコンペの設計図を全部取り寄せて拝見したことを覚えています。建築技術としては高い技術が活かされていると、京大の大学院で建築を研究していた友人が何回も 素晴らしい技術だと自慢していたことを覚えています。

 高さ制限があって、一番低い設計図が採用されたとも、お聞きしていました。まさか、潜水艦から着想を得られたのかどうか、類似していること自体が、私もショックでした。

 戦争用の潜水艦のカタチに類似していることを、知らない京都人の悲劇かもしれません。あるホテルの総支配人をしていた友人は、海外からのお客様は京都駅を見せないようにして、関空から車で京都をご案内していたと、何回も申されていました。

 世界の常識を知ることも大切なことだと痛感した一件です。

以上

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