桜前線は田植え・田作りの合図 此花之咲耶姫(このはなのさくやひめ) すでに3月13日現在、満開の春めき桜
土居好江
2023年3月13日撮影 成徳中学校跡地 高辻通室町西入 毎年、京都一満開が早い春めき桜 |
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平安神宮のしだれ桜 |
疏水の桜 |
平安神宮鳥居と桜 |
2023年3月13日、高辻烏丸の西にある、元成徳中学校跡地の春めき桜が満開でした。毎年、早い満開を迎えます。今年は3月上旬の気温が上がったので、すでに満開を迎えています。
京都の桜の開花標本木は二条城にある標本木で、5~6輪咲くと開花宣言がでるそうです、平年は3月26日です。昨年は24日、2021年は最も早い3月16日で、最も遅かったのは1984年4月9日でした。今年は京都も早い開花予想となっています。
写真の桜は京すずめ学校開催の折に撮った10年ほど前の写真です。何回かの桜講座でフィールドワークした場所でもあります。時には、寒い4月の雨上がりに開催した時のことを、よく覚えています。また、疏水沿いの哲学の道には、照明はないのですが、ひとりづつ懐中電灯を空に向けて散策する夜のお花見も、楽しい思い出です。20人ぐらいの集団で毎年、恒例行事のお花見でした。
最近、知ったことですが、なんと、桜は縄文時代から春には花を咲かせていたというのです。しかも北にはシュリザクラ、ウワミズザクラ、南からはヤマザクラ、エドヒガン、豪雪地帯にもオオヤマザクラが咲き乱れていたそうです。
『古事記』や『日本書紀』には木花之開耶姫(このはなのさくやひめ)と記載されており、元来は野山に美しく咲く桜を「さくや」と呼んでいたものが「さくら」に変形したものと思われます。
日本古来からの桜の花は、農耕の目安となっていました。今でも、大分県の魚見桜(うおみざくら)、兵庫県の麻蒔桜、岩手県の種蒔桜(たねまきざくら)等が今も花を咲かせて、農耕の目安となっています。田んぼの中に一本、桜の木が植えてある風景も良く見ることがあります。農作業を我々に告げる為だと思います。河川の堤に多く植えられているのは、根の伸びる範囲が広い為、堤の補強になる為ですが、数千年と培ってきた生活の知恵だと思われます。今年は、昔の人の知恵に思いを馳せ、お花見してみてはいかがでしょうか。
古代の日本では、普段は山に住んでいる神が山里から降りて人里へ降りてくる前兆現象と考えられていました。「サ座」と書いて「さくら」と読み、サ座は山の神(穀物の神)を意味し、桜が満開になると田植えの時期であると教える暦の役割をしていたと考えられていました。
古代、人は山の峠を越えた時、その山神にむかって手を合わせて無事を祈り感謝しました。そこで、手向けが「たむけ」になり、「たうげ」が「とうげ(峠)」という言葉に変わり、山神に礼拝するのに立ったままでは失礼なので、しゃがんで合掌したと考えられます。「しゃがむ」という言葉は「さおがむ(さ拝む)」が変形して神を拝む姿勢から生まれた言葉であると考えられ、神様に祈願するのに酒をお供えして捧げるという意味があります。
さ神の依る桜(サ座)の木の下で、さ神にさけ(酒)やさかな(肴)をささげておさがりを戴くということで、桜の下でお酒やご馳走を戴く習慣がありました。またお供えするだけでは、物足りないということで、歌を歌ったり、奉納舞を鑑賞するようになってきました。さ神の貴賓席が桟敷で庶民は地面の芝の上で鑑賞したので芝居という言葉が生まれました。
以上