追悼:岩屋山志明院住職 田中眞澄(たなか しんちょう)氏を偲んで

土居好江

2009年京すずめ学校 京都愛物語 司馬遼太郎の愛した京都

京すずめ学校にお出ましを賜った方々の、死去のお知らせが、昨年から続いていて、とても悲しい気持ちです。第1回の京すずめ学校・京都水物語でお出まし頂いた久保田岸郎さんは、黄綬褒章を頂かれた豆腐作りの名人でした。また、河合隼雄氏(元文化庁長官)もともとは京都への恋文の審査委員長をお願いしていましたが、「文化庁長官をしている間は民間の長にはなれないから、退任してからね」と申され、その後、旅立たれました。京都への恋文の審査委員長として幻に終わりました。河合先生は、「京都土物語 総集編で」興味深い内容をご講演頂き、ギリシャ神話からもお話を頂きました。
昨年の10月には日本一の京壁師の奥田信雄氏、河合先生と同じく「京都土物語」で、お出ましをいただきました。また、「京都活物語」で、主都1074年間の活力源を京都御苑の閑院宮邸で語って頂いた市比賣神社の宮司・飛騨富久氏、「京都木気物語」でお出ましを賜った大将軍八神社の宮司・生嶌暢氏もお亡くなりになっています。
今年に入り半兵衛麩の第11代当主の玉置半兵衛氏も、京都活物語で老舗の経営について熱く語って頂きました。田中住職には「京都愛物語」の「司馬遼太郎の愛した京都」でお出ましを賜りました。

10月に入り、新聞報道で岩屋山志明院住職の田中眞澄氏がお亡くなりになった記事を読みました。早朝に読んで悲しい気持ちを抑えながら、朝9時になるまで待ってお寺にお電話をしました。いつもの優しい奥様が「四十九日過ぎるまで、発表しないという住職の遺言でした」と。
京都府の委員会で長年ご一緒させて頂き、いろいろと教えて頂きました。また、岩屋山志明院を会場に2009年11月29日、紅葉の美しい時季に「司馬遼太郎の愛した京都」のテーマで、京すずめ学校を開催させて頂きました。
40数年以上、農薬を一切使わないで、山を管理されていることを知り、感動的な自然と一体となった暮らしをお聞きしました。司馬遼太郎さんや、宮崎駿さん、池波正太郎さん等が発想の現場として、「もののけ姫」を発想されたことが、境内に足を踏み入れば良くわかります。
映画「古都」のプロデューサーをしていた時、志明院でロケをお願いした時、住職は「土居さんを副住職に任命する。土居さんが仕切るなら許可する」と申され、特別にロケの許可を頂いたのです。映画をご覧になった方々からは、志明院の風景がどこなのかという質問を沢山頂き、鴨川の源流の一滴と境内が大きなインパクトを与えた映画となりました。
司馬遼太郎記念会誌に2015年に「随想 司馬さんと志明院」 と題して掲載された会誌を住職から頂戴いたしました。
そこには、もののけの世界が『梟の城』や『妖怪』を書く上で役だったことも記されており、いろいろと住職からお話を伺っていたことを思い出します。木が呼吸していることを分かりやすくご教示頂いたことを今も思い出します。自然を大切にしながら、自然に学びながら生きることを、ご自身の生き方を通して教えて頂きました。
お出ましを賜りましたすべての先生方に、心から感謝して、 謹んで、ご冥福をお祈り申し上げます。
合掌

 

 

 

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