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土居好江

京すずめについて理事長 土居好江のインタビュー

10年、スタッフ全員が手弁当で頑張ってきて、
本当に良かったと感じています。

京すずめ創立のきっかけ

DSC_0128.JPG京すずめを創立したいと思ったきっかけは、娘が留学しても日本の文化や京都の文化を語れないということに、大人の責任を感じたからです。また、京都は雅というイメージがありますが、その雅や王朝を作った側の町衆の暮らしや文化のあふれるエネルギーも感じて、訪れる人がいるといいな~と思いました。
 江戸時代の諺に「田舎の学文より京の昼寝」というのがあります。歴史に裏打ちされた知的遺産がまちのあちこちに存在し、心と身体に何かの影響を与えるかもしれないのが京都なんです。この知的遺産を光源として京都を再発見し、魅力をサポートすることを活動の基本として始めました。

時空を超えて魂の交流ができるのが、京すずめ学校

徳川家康の愛した京都01.JPG京都というまちが更にイキイキと映るようにと思いついたのが、「京すずめ学校」の講座です。フィールドワークと現地現場での講座を行っています。最初はフィールドワークと京すずめ学校と別々に開催していたんですが、2005年から統合いたしました。
 また、江戸時代に戻りますが『京雀』という案内記は、当時は全く新しいタイプの案内記で、市井の暮らしや町名のルーツ等を紹介したもので、これを今の時代での京都で復活させたいと思ったんです。それで、遊悠舎京すずめと命名しました。
 文献で読むのと違って、現場の守り手から語り継ぐことが京すずめの特色で、語り継ぐとは「暮らしの中に聞こえてくる音や川の水の音や色、勇気づけてくれる景色や香り、喜び、話し声、暑さ、寒さ」等の感情や感覚も受け継がれていくのですね。
 応仁の乱を文献で読むと「京都全土が焼け野原になった」となるのですが、500年間もこの応仁の乱の様子が受け継がれてきた家では「京都が竹藪と水たまりだけになって、御所のお屋根も土塀も傷んだままだった」と悲哀を込めて受け継がれているんです。そこの地域では当たり前のことが、私たちにとっては驚くようなことも沢山あるのです。何気ないしぐさや行動の中から、同じ空気の中で時空を超えて魂の交流ができるのが、京すずめ学校なんです。現在では北は北海道から南は九州、四国から、東京をはじめ遠くからも受講生が集ってきております。
 京都は訪れるだけで元気がでてくるようなまちです。心が豊かになり、それがエネルギーに変わるまちなんです。
 最高の場所で講師から語られることには、人間の生き方に通じることや、歴史の中で、生で感じられる京都ならではの醍醐味があります。


10年間、スタッフ全員が手弁当で頑張ってきて、
本当に良かったと感じています。

長年京都で暮らしてきた人からも、「知らなかった」と毎回感謝の御礼状が届きます。10年間、スタッフ全員が手弁当で頑張ってきて、本当に良かったと感じています。ご支援を賜りましたすべての皆様に心から感謝申し上げます。これからも、京都の皆様や日本の皆様に、京都を愛でて頂けるように京すずめがサポータ―として携わらせていただきます。


聞き手:中島美香


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土居 好江(どい よしえ)

NPO法人遊悠舎京すずめ 理事長・京都文化観光研究所長

【プロフィール】
○京都市生まれ
○大学卒業後、民間会社を経て、(財)松下政経塾京都政経塾に学ぶ。
○中高学校社会科教員免許 博物館学芸員
○NHK文化センター講師、首都大学東京・特別講師のほか、京都市市政改革懇談会委員、京都府観光ブランド推進委員会委員、京都府地域力再生活動アドバイザー、第26回国民文化祭基本構想起草委員、企画運営委員、鴨川府民会議委員、近畿農政局・観光における地産知消推進戦略会議委員など公職多数を歴任。
2012年12月成美大学ニューツーリズム研究所客員研究員就任。

○暮らしの視点から京都の文化を見つめ直し、21世紀の基準となる価値を再発見、情報発信を行うとともに、古から受け継がれてきた町衆の伝統文化を現地現場で学ぶ「京すずめ学校」を開校。

○論文として、「京の食文化こそ、京文化の究極」(2009年3月、大阪観光大学観光学研究所所報)、「暮らしの中から京都を発見~真の京都通を育成する京すずめ学校」(2003年5月『観光文化』159号、(財)日本交通公社)、「教育とトイレ」
「訪れるだけでEQのあがるまち・京都」(京都市)など多数。